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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(オ)839号 判決

上告人

甲野一夫

右訴訟代理人弁護士

竹久保好勝

大南修平

被上告人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

田邉紀男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹久保好勝、同大南修平の上告理由一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

同二について

原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

(1)  上告人(大正一五年五月生)と被上告人(昭和三年一月生)は、昭和二七、八年ころから同棲関係に入り、同三〇年四月五日婚姻の届出をし、同年三月二一日に長女春子を、同三三年一二月一四日に次女夏子を、同三九年九月一八日長男秋夫を、同四一年一一月二七日に次男冬夫をもうけた。

(2)  上告人が昭和四〇年ころ○○市役所に採用されたため、一家は同四一年ころ東京都内から同市に転居して、借家で居住するに至ったが、上告人は、かねて被上告人の家事の処理が不潔であり、経済観念に乏しく無駄な買い物が多く、それらを忠告しても改めようとしないことを厭わしく思い、同四四年ころ、表向きは右借家が手狭であることを理由に、内心は被上告人との共同生活からの逃避を兼ねて、付近にアパートの一室を借り、同所で寝泊りをするようになり、その頃から両者間の性交渉が途絶えた。

(3)  しかし、上告人は、昭和四九年ころ、勤務先の部下であった女性とその夫が居宅を新築したことから、同人ら所有の旧居宅を借り受け、妻子とともに同所に転居し、被上告人との共同生活に復帰した。もっとも、上告人は、間もなく庭にプレハブの小屋を建て、自分はそこで寝泊りをするようになった。

(4)  右女性は昭和五一年に夫と離婚したが、その後同女と上告人は性関係を結ぶようになった。そして、同五三年には、上告人は、同女への接近と被上告人からの逃避を兼ねて、前記新築の同女方の一間を賃借し、同所で生活するようになったが、同五六年以降上告人と同女との関係が深まり、同棲関係と見うる状態になった。

ところで、民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合であっても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情が認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないというべきである(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号同六二年九月二日大法廷判決・民集四一巻六号一四二三頁)。

前記事実関係のもとにおいては、上告人と被上告人との婚姻については同号所定の事由があり、上告人は有責配偶者というべきであるが、上告人と被上告人との別居問題は、原審の口頭弁論終結時(昭和六一年八月一八日)まで八年余であり、双方の年齢や同居期間を考慮すると、別居期間が相当の長期間に及んでいるものということはできず、その他本件離婚請求を認容すべき特段の事情も見当たらないから、本訴請求は、有責配偶者からの請求として、これを棄却すべきものである。

以上と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は右と異なる見解に立って原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤正己 裁判官安岡満彦 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己)

上告代理人竹久保好勝、同大南修平の上告理由

原判決は、上告人と被上告人とは昭和五三年以降現在にいたるまで別居状態にあり、婚姻の実をあげ得る共同生活が右両名間において将来回復できる見込みはうすく、現在では婚姻が破綻しているとしながら、破綻を招来した主たる原因は上告人にあるものと認めるのが相当であるとして離婚の請求を棄却した。

しかしながら、原判決には、以下の二点において法令違背があり、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、〈省略〉

二、仮に一、の主張が認められず上告人が有責配偶者であったとしても離婚請求を認めないとするのは、民法七七〇条第一項第五号の解釈適用を誤ったものである。

民法七七〇条は離婚について破綻主義をとっている。特に同条第一項第五号は婚姻を継続し難い重大な事由があるときを広く離婚原因として認め、そこにはスイス民法や西ドイツ婚姻法のごとき有責配偶者による離婚請求の排除の規定を設けていない。婚姻は憲法二四条が規定するように男女の性の結合を基礎とする継続的関係であるから夫婦の相互的な愛情こそが婚姻にとって唯一の倫理的な基礎である。愛情を失った夫婦に婚姻生活を強制し、法律で離婚を禁じても婚姻の破綻する事実を否定することはできないし、破綻してしまった婚姻の建直しは法律の力ではなし得ず、法による強制は実態のない夫婦生活、形骸化した婚姻の名のみを残すこととなる。さらに、有責配偶者からの離婚請求を拒否すれば、一人の男に二人の女がつくという事態を招く。これはまさに一夫一婦制の理想に反する結果といえる。

また、婚姻関係の破綻的事実は、事実先行の身分法において当然評価がなされて然るべきである。身分法関係の発生及び消滅に際して身分的事実のまえに法規がきわめて無力であり、法規のみとめたくない事実でもこれをいつか認めざるを得なくなるのは身分法における特色である。そうであるならば、婚姻関係に客観的な破綻があるという事実は、身分法における事実先行の性格から当然に法的評価の対象となり得てしかるべきであり、その結果事実を権利にまで引き上げることができることになる。このように身分法においては権利の濫用の法理、信義誠実の原則が後退することを認めざるをえないのである。

さらに、有責主義には技術的な問題もある、すなわち、夫婦生活の核心はいうまでもなく情緒的な結合であり、その展開には無数の変数が作用している。これらの変数を解明し、そのなかから真の破綻原因を発見するという作業は、法定手続というあらあらしい道具によっては到底これをよくなしえないといわなければならない。本件において、同じ証拠をもとにしながら一審と原審で全く反対の事実認定がなされたのは破綻原因を探ることの困難さがうかがわれる。のみならず、どちちが有責かを探るためには離婚手続を長期化させて、夫婦間の紛争を激化させ、それに子を巻き込むことになるが、それは避けるべきであって、国家は、子の利益のためにも円満な家族の再編成を援助しなければならない。

上告人と被上告人の別居は昭和五三年からであるが、このように九年近くの別居状態があれば、いずれの当事者が破綻原因を与えたかにとらわれずに離婚を許すべきであり、上告人が有責配偶者であろうがなかろうが、離婚請求を認めねばならないのが同法の法意である。

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